国道とは?/ レイク
[ 518] 国道 - Wikipedia
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国道(こくどう)とは、国が建設・管理する道路である。一般的には、国道が全国的な幹線道路網を構成し、下位の道路がそれを補完する。 日本における国道とは、全国的な幹線道路網を構成する道路として道路法に基づき国が政令で指定するもので、現在は一般国道と高速自動車国道との総称となっている。単に「国道」と言った場合には一般国道のことを指していることが多い。一般国道は、一般国道の路線を指定する政令により、高速自動車国道は高速自動車国道の路線を指定する政令により指定されている。路線の正式名称は、各政令の別表の路線名に「一般国道」又は「高速自動車国道」を冠したものとなり、例えば、「一般国道1号」、「高速自動車国道北海道縦貫自動車道函館名寄線」などと言う。 国が管理する道路であると思いがちであるが、国道の種類、又は政令(一般国道の指定区間を指定する政令)によって特別に指定されているかどうかにより、道路管理者(法律上認められた特殊な包括的権能を持つもの)が異なる。 新設、改築、維持、修繕、災害復旧事業その他の管理は国土交通大臣が行う。ただし、実際は国土交通大臣の許可又は認可を受けて、東日本高速道路・中日本高速道路・西日本高速道路が権限を代行している。 新設又は改築は原則として国土交通大臣が行う。維持、修繕、災害復旧その他の管理も国土交通大臣が行う。ただし、有料道路区間はその道路を管理している東日本高速道路・中日本高速道路・西日本高速道路・本州四国連絡高速道路・地方道路公社が維持、修繕、災害復旧その他の管理を行っている。 新設又は改築は原則として国土交通大臣が行うが、維持、修繕、災害復旧その他の管理は都道府県又は政令指定都市が行う。ただし、道路法改正時の経過規定などによって、新設や改築も事実上都道府県に任されていることが多い。有料道路区間は東日本高速道路・中日本高速道路・西日本高速道路・本州四国連絡高速道路・地方道路公社が維持、修繕、災害復旧その他の管理を行っている。 しかし、国道の路線が初めて確定されたのは1885年(明治18年)のことである。このときに従来の国道区分を廃止し、全ての国道の幅員を七間と改め、いわゆる明治国道が指定された。一号「東京ヨリ横浜ニ達スル路線」、二号「同大阪港ニ達スル路線」をはじめとして、四十四号「東京ヨリ沖縄県ニ達スル路線」までの44路線である。当時の中央集権的な性格を反映して、全ての路線が東京を起点としており、他の路線と重複する部分がかなり多かった。天皇が地方へ行幸する際の行幸路の意味合いもあったと思われる。 日本では鉄道優先の政策が採られていたため、道路整備は諸外国に比べ遅れをとった。しかし、日清戦争・日露戦争以降は軍事的な目的もあって、道路事業費の増加が見られ、いわゆる明治国道の路線は、1887年(明治20年)指定の四十五号「東京ヨリ横須賀鎮守府ニ達スル路線」から、1915年(大正4年)の最終改定での、六十一号「東京ヨリ第十五師團ニ達スル路線」まで17路線が追加された。 の二種類からなり、東京市から各地方へ達する前者の路線については38路線が、後者の軍事路線については26路線がそれぞれ定められ、国道は計64路線となった。明治国道に比べて軍事色がかなり強くなったことを特徴とする。なお、軍事国道一号である特一号は、1613年(慶長18年)に徳川家康が五街道の整備に先立ち造成した御成街道(現在の千葉県道69号長沼船橋線)であった。 1934年(昭和9年)から、先の道路改良計画を改定した「第二次道路改良計画」が実施された。これにより国道6903km及び軍事国道275kmを国が直轄で改良する計画が実行に移されたものの、長引く不況による財政難及び戦時体制への移行に伴い、予算的裏付けが十分になされず、これも頓挫するに至った。 一方、ドイツのアウトバーンの影響を受け、内務省は全国的な自動車道路網、いわゆる「弾丸道路」の整備計画策定を開始している。1943年(昭和18年)には東京神戸間の自動車国道建設のための測量、設計などが実施された。しかし、戦時下を理由として、翌1944年(昭和19年)には中止となった。 終戦後、焦土となっていた日本に進駐した連合国軍総司令部は、軍事的に重要な道路路線を整備することを要求した。連合国軍総司令部は1948年(昭和23年)には、「道路及び街路網の維持修繕五箇年計画」の覚書を出した。これにより、日本政府は道路の維持修繕の五箇年計画を作成し、連合国軍の援助を受けながら、荒廃した道路の路面補修や橋梁修繕などを行った。財政的な制約や、講和条約に伴い1951年(昭和26年)に覚書が失効されたことにより、この計画は完全には実施されなかったが、その後の道路整備事業に大きな影響を与えている。 戦後の国道の整備は、1952年(昭和27年)に道路法が全面改正されたことにより、大きく前進することとなった。この新しい道路法では、道路は一級国道、二級国道、都道府県道及び市町村道に分けられ、国道は一級国道と二級国道に分けられることとなった。一級国道は、国土を縦貫し、横断し、又は循環して全国的な幹線道路網の枢要部分を構成し、且つ、都道府県庁所在地などを連絡する道路(第5条)とされ、政令で指定される。なお、昭和39年7月9日改正後の道路法の条項で言うと、これは第5条第1号に相当する。 港湾法で特に規定された港又は建設大臣が指定する重要な飛行場若しくは国際観光上重要な地と一級国道とを連絡する道路 のいずれか(第6条)を満たし、政令で指定される道路とされた。なお、後に第6条は削除されており、二級国道の要件は、昭和39年7月9日改正後の道路法の条項で言うと、第5条第1号から第4号に相当する。 路線番号は、二級国道は3桁とされ、基本的に北の路線から南へ行くに従って数字が大きくなるように採番された(なお、事情が特殊な北海道については最後に回されたため、正確には本州東北地方〜中国地方、四国、九州、北海道の順に採番された)。一級国道は1桁乃至2桁とされ、全体的には二級国道同様に北から採番しているが、東海道に相当する路線が国道1号、山陽道に相当する路線が国道2号、九州中部を南北に縦貫する路線が国道3号と言った具合に、重要な路線から採番している傾向もある。なお、1959年(昭和34年)4月と1963年(昭和38年)4月には一級国道の追加指定が、1956年(昭和31年)7月と1963年4月には二級国道の追加指定がそれぞれ施行された。 なお、1970年(昭和45年)以降に指定された国道は北海道を除き大半が都府県及び政令指定都市の管理である。1970年以降に指定または経路変更、路線延長された路線ではいわゆる酷道が今なお多数存在する。 日本の国道の標識は『道路標識、区画線及び道路標示に関する命令』(以下、本節では「命令」と呼ぶ)で定められている。この標識の正式名称は「国道番号」であり、命令では「118-A」の分類番号が与えられている。国道の愛好家は標識の形状から「おにぎり」と呼ぶことがある。「国道番号」標識は命令が施行された1960年当時から存在する標識である。他の標識に合わせた色・文字体変更がなされたが、施行当時の「おにぎり」の形状は保たれている。 大韓民国における国道は高速国道と一般国道に分けられる。一般国道の路線番号は南北方向は奇数、東西方向は偶数である。 中国大陸における国道は3桁の番号が振られており、上一桁が異なる4類に分けられる。第一類は「1」から始まる放射状の国道、第二類は「2」から始まる南北方向の国道、第三類は「3」から始まる東西方向の国道、第四類は「0」から始まる「五縦七横」の主幹線である。 |
[ 519] 一般国道 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E8%88%AC%E5%9B%BD%E9%81%93
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道路法第5条では、「高速自動車国道とあわせて全国的な幹線道路網を構成し、かつ、次の各号の一に該当する道路」として、以下の各号を挙げている。 国土を縦断し、横断し、又は循環して、都道府県庁所在地(北海道の支庁所在地を含む。)その他政治上、経済上又は文化上特に重要な都市(以下「重要都市」という。)を連絡する道路(国道1号、国道22号など) 港湾法(昭和25年法律第218号)第2条第2項に規定する特定重要港湾若しくは同法附則第5項に規定する港湾、主要な飛行場又は国際観光上重要な地と高速自動車国道又は第1号に規定する国道とを連絡する道路(国道131号、国道177号など) 国土の総合的な開発又は利用上特別の建設又は整備を必要とする都市と高速自動車国道又は第1号に規定する国道とを連絡する道路(国道464号、国道475号など) 路線の指定は「一般国道の路線を指定する政令」により行われる。このうち「一般国道の指定区間を指定する政令」による指定区間は国(国土交通省地方整備局。北海道は北海道開発局、沖縄県は内閣府沖縄総合事務局(かつては沖縄開発庁))が管理を行い、これらを直轄国道と呼んでいる。 1952年に公布された道路法では二級国道は全て都道府県によって管理されるものとされたが、国にとって幹線道路網の整備は急務だったため、主要路線(一級国道・下記)を国による直轄管理とした改正道路法が1964年に発布され、1965年に施行された。これにより、北海道内の国道は全線が指定区間となった。 指定区間外は、国から補助金を受けて各都府県と政令市が管理する。こちらを補助国道と呼んでいる。かつての二級国道(下記)の多くのほか、1993年までに国道に昇格した旧主要地方道・一般都府県道が含まれる。 旧二級国道であっても、全線で高速自動車国道と並走する国道171号(名神高速道路と全線で並走)や国道246号(1965年当時は未開通だった東名高速道路と全線で並走)は全線が指定区間である。逆に、旧一級国道であっても、交通量の少ない箇所やバイパスに対する旧道は補助国道になっていることがある(例・国道42号の静岡県湖西市〜三重県伊勢市)。 現在、一般国道は番号を路線名として使用しており、国道1号から国道507号までが指定されている。ただし、歴史的経緯により欠番があるため、実在するのは459路線である。 ※なお、かつての二級国道には都道府県道や市町村道のように地点名を含む路線名がつけられており、これと別に路線番号があった。 一級国道と二級国道が統合され一般国道となったのち、次の5回にわたり路線が追加指定された(日付は政令の公布日である)。 「定義」で前述した通り、国道として指定される基準とは、重要な地同士、または重要な地と他の国道とを結ぶ道路ということであって、その道路の規模(幅や車線数、距離、舗装・未舗装の別など)によって決まっているわけではない。実際に港湾部などでは国道174号(港国道)のように総距離が数百m程度しかない国道もある。これは国土交通省への走行経路届出が必要な大型コンテナトレーラーの届出を簡略化させる意味合いがある。 一般には「国道は立派な道である」と認識されていることが多いが、しかし、険しい道・狭隘道路・車が通行できない道なども随所に存在する。また、オフロードの国道も多数存在し、更には、登山道が国道になっている区間や、人の通れる道すらない区間を有する国道も点在する。 このような国道を「酷道」と呼ぶ者もいる。 また、整備された幹線国道の直轄指定区間でも関西圏の国道1号枚方バイパス、国道24号全線(京都市〜奈良盆地〜和歌山市)、国道171号高槻市内、国道176号阪神メガロポリス域(三田市以南)、首都圏の国道16号全線のように終日渋滞が酷い国道は「渋滞酷道」と呼ばれる場合もある。 以下に番号が若い国道(1桁〜100番台)でも区間によっては、大型車両通行禁止区間などがあるため通行に注意の必要な国道を列挙する。 国道25号 - もともとは大阪市北区〜奈良市間の幹線国道(名阪国道がバイパスとして機能)。奈良県天理市から三重県亀山市への「非名阪」と呼ばれる旧道には1.5車線区間が多い。 国道152号 - 青崩峠や地蔵峠など、分断区間が数カ所ある。静岡県浜松市内にも通行困難な区間が存在。 また海上区間のある国道も存在し、これらは海上国道と呼ばれる。中でも国道30号はバイパス道路である瀬戸中央自動車道の通行料金の高さから航路の利用率が高く、また充実している。 しかしそれらの国道とは対照的に、建設費の調達や償還などの都合から、事実上高速自動車国道と同様の構造規格で建設されているにも関わらず、一般国道のバイパス(一般国道自動車専用道路)として建設され、高規格幹線道路として機能している路線もある。 国道は上記の通り、国と都道府県の二元管理が行われているが、道路は劣化するため、舗装などの維持整備に多額の支出が起こり、各都府県政令市にとって国道の管理は大きな負担となっている。都府県市は国道の国による一元管理を求めているが、国の財政もまた悪化しており、国道設置は新たな補助金支出に繋がるため、国道507号を最後に都道府県道の国道昇格を行っていない。このため一部の自治体では、新設された国道の一部を有料化するなどして対応している。 |
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